● 私(ChitokaraOtoNakama)の記憶


 私の記憶はおよそ30年前になります。
会社と寮が八幡山にあり千歳烏山は自転車で行ける範囲でした。新年会や忘年会でよく利用してました。

 同僚Hの退職で送別会を千歳烏山ですることになり、私は臨時の副幹事…、後味の悪い送別会となりました。2次会ということで、気になりつつ、また敷居が高い感じがしてたJazzBarに4,5人で入ったのがRagTimeの最初でした。
 店に入って皆が「えっ!」という雰囲気だったのを強烈に覚えています。私以外は「場違いなとこ入ったな〜」という感じでしたが、私は「やった〜!いいとこ見つけた!」。
 翌週より常連となりました。
 たぶん、飲み屋で一人酒を飲むのを習慣としたのは、ここが最初だった気がします。

 その当時はKUJIさんがカウンターにいて、私はかなり長くマスターだと思ってました。
おばちゃんの時は「いつもの!」でビールと焼うどんが出てきました。
 初代マスターが復活して、カウンターに立つようになって初めて、この人がそうなんだと判りました。
 ある時「YANOくんこっちにおいでよ!」とカウンターに呼ばれました。カウンターに座るのに7年かかりました(^^;

初代マスターと二人っきりの時は、
「何か聞く?」
「憂歌団」
「俺も好きだよ!」
とJazz以外のナンバーも随分聞かせてもらいました(∩_∩)

JBL4343Bのエッジがボロボロになりスピーカーの危機がありました。
エッジの張替えをしました(顛末は別途掲載)。

 その後、初代マスターの体力等を鑑み、奥様の純子さんもカウンターに立たれるようになりました。
 私もRagTimeに馴染んで来た頃、ある日、
思いがけず「ただいま」と言ってしまったのですが、
すかさず「お帰り!」と言う純子さんの明るい声が返ってきました。
 凄く嬉しかったです(∩_∩)

 現在のRagTimeはジャズ批評2017年1月号(No.195)に詳しいです。
初代マスターと奥様の純子さんの馴れ初めもありますが…震えます。